私が泥棒?
私が泥棒?いきなり?
- 長生きの国
私は100歳以上長生きする人に日本に来て初めて会った。テレビでしか見られなかった100歳以上の時間を生きている人に会うのは日本に来て初めて会った。最初はとても不思議だった。もちろん人を見て不思議に思ってはいけないが、本当に不思議だった。一体何を食べて生きてこられたので、こんなに長生きすることができるのか?若い頃に運動を頑張ったのだろうかな? もちろん分からない。認知症により、具体的な対話が円滑になることはできない。
介護施設で、100歳以上のおばあさんやおじいさんたちと話をすると、とても不思議な話をたくさん聞くことができるんだ。人生そのものが、近代史の歴史、現代史の歴史なのだ。
主に戦争時の話をよくされる。おそらく、その時が本人の100年の歴史の中で最も衝撃が大きく、大変だった時期だったかと思う。
- 中山さんの事を思い出
4年前には、中山さんの100歳の誕生日を迎えた際、安倍総理からお祝いの手紙とささやかなプレゼントが介護施設に届けられた。その時は安倍さんが日本の総理を務めていた時でだった。もちろん安倍首相が直接作成した祝賀手紙ではないようで、政府の下の機関から全国の100歳以上になる人々に送る儀礼的な手紙のようだった。
一国の首相からお祝いメッセージが来るのも不思議だった。日本に住みながらいろんな経験をする。中山さんは103歳まで介護施設で生活し、自然死した。亡くなる前に家族全員が介護施設の中山さんの部屋に集まって最後の挨拶をした。
人の死は、年が幼くても、年をとっても、周りのみんなが悲しみの海に落ちる。介護施設に勤める職員たちもその人の最後の道を一緒に歩いた人々だったからだ。しばらく仕事が手につかない。平凡で平気な別れはない。
- 西村さんに泥棒に言われる
西村さんは101歳のおばあさんだ。私たち介護施設で生活をしていらっしゃる。西村さんが一番好んで見るテレビの番組は、「年忘れ歌」という音楽番組だ。私が働いている介護施設では,その番組をいくつか録画しておいてある。西村さんは、録画をしておいたその番組を繰り返し毎日見るんだ。その音楽番組を見ながら、拍手もして、笑ったりしながらフロアーで時間を過ごす。そんな姿を見ていると、年をとっても心は少女時代にとどまっているんだなと思ういんだ。
ある夕方、西村さんが急に私に
- [ ドロボー!ドロボー! ]と叫びながら、私に大声を上げた。
- [ ….?….(ドロボー? どういう意味だろう?)? 確かに私を見ながら言ってるんだけど。)…]
と思いながら西村さんを眺めた。
私は日本人ではない。日本に来て4年ぐらいかな。日本語がまだまだです。今も日本語を勉強してるし、その時は今より日本語ができない時だ。なので、「ドロボー」という日本語の言葉、私はその時は知らなかった。
私は日本語を勉強する時、まず今すぐ必要な日本語から勉強をして覚えておくので、日常生活で必要な日本語あるいは介護職と関連した日本語をまず勉強していた。
例えば、コンビニで物を買うときに必要な文章「全部でいくらですか」とか介護職と関連した日本語の単語[入浴、施設、介護]などの単語などを先に勉強している。
「ドロボー」と発音する言葉は、その時、初めて聞いた。私がその単語を通じて呼ばれるまでは勉強する必要もなく、私とは全く関係のなかった日本語単語だったのだ。
私はスマートフォンの日本語翻訳機で検索をした。
- [ド…ロ…ボ…ドロボ?泥棒? 僕が泥棒?急に?なんで?]
西村さんは、
- [ 私に届いた荷物を持って来い、泥棒!]と私に叫び続けた。
- [ 郵便局から私に届いた品物をちょうだい! 泥棒! ]とまた叫んだ。
- […(届いた物?? どんな荷物?]
介護施設では、ここで生活する祖父あるいは祖母たちの物は、家族が家から持ってくるのが一般的だ。郵便局や佐川宅配会社を通じて個人的な品物を受け取ることはなかなかない。私の記憶ではその日はなかった。
私は落ち着いて、またゆっくり西村さんに聞いた。
- [どんな物を意味するのか?どの郵便局の品物を意味するのか?]
そしたら、西村さんは
- [私はそれが何なのか分からない]と言った。
- […???…]
これはまたどういう意味なのかな?私も状況を理解できずじっと座っていると、西村さんが少し落ち着いたように話し始めた。
- [警察が物を探そうと、ここに来た。 多分また来ると思う。 そして私の荷物を探してくれると思う。あなたは逮捕されるかもしれない。気をつけてな!]
と言った。それで、どんな物をなくしたのか、どんな物を探すのか確認するために、もう一度西村さんに具体的に質問をした。どんな物なのかな?もしかして、西村さんの荷物を誰かに取られたかな?
西村さんはその荷物の話を始めた。
- [私はですね、歌が流れるテレビ番組を見たの。 そして歌手の歌が上手で、 私が拍手を一生懸命したの。 拍手を一生懸命したら、男性アナウンサーが私を見ながら手を振ってくれた。 そのアナウンサーが私に「拍手を一生懸命してくれたから、プレゼントを家に送ります。」と言ったの。 たぶん郵便局の宅配便でプレゼントを送ったかもしれない。 そして郵便局の人がその荷物を私に持ってきたのに、あなたが持って行ったじゃないか! 私がプレゼントをなくしたことを警察が通報して、警察が今日来たよ! 今日はそのまま帰ったけど、また来るよ! あなた気をつけてね!! ]
- [….????…..!!!…]
やっと理解できた。
それは、妄想だった。
- 妄想
録画してある番組を見て、それも数年前の放送だったのに。そんな古い番組「年を忘れる歌」のアナウンサーがテレビの前で拍手をしている西村さんに手を振ってもらい、プレゼントを送ると約束し、プレゼントを発送したなんて。こんなあり得ない話がありますか。
妄想だ。認知症を持っている老人たちは、現実と妄想を行ったり来たりしながら会話をする。私はそんな事実を忘れて対話をしていた。
ゆっくり考えてみると、今朝、佐川宅配が来ていた。それは合ってる。私がその宅配を受け取るのを西村さんが見たようだ。それは、消毒用ウェットティッシュだった。 コロナのせいで最近注文をたくさんする品物だ。
そして、午後には警察が来た。それも合ってる。施設入口に設置されているCCTVのコピーを取りに来ていた。西村氏は、今日のすべての状況を総合的に結び付けた上で結論を出したようだ。その事実をみて西村さんが出した結論は、私が荷物を盗んだの事になっているのだ。
- [ あいつが私の物を盗んだ。 あいつは泥棒だ! ]
私は泥棒になった。信じられない。私は一応西村さんに説明をした。もちろん、理解できないことも分かっていたが、一応、西村さんが落ち落ち着くように話をした。今日届いたものは、消毒用ウェットティッシュで、警察が来た理由はカメラを確認するために来ました。
しかし、私の予想通り、まったく理解できず、再び興奮して怒り出した。
- [泥棒!泥棒! ]
しばらくの間、私に向かって怒り出して、本人の部屋に入ってしまった。信じられない。私は突然泥棒になった。それも外国で。
*介護用語
- 認知症の特徴 : 妄想
- 妄想 : 事実でないことを事実として信じてしまう状態。 間違いを指摘されても受け入れられない状態。 認知症の代表的な妄想としては「誰かに所持品を盗まれた」という「もの盗まられ妄想」や「被害妄想」がある。