74円を持って買い物に行く

74円を持って買い物に行く。


<ある日、加藤さんと買い物に行って来ました。74円だけ持って。>

私がデイサービスの送迎の運転のために、車の鍵を持って施設の外に出たり入ったり、また出たり入ったりする時だった。加藤さんが私を姿をずっと眺めていて、私に声をかけてきた。

[あなた、どこにそんなに行ったり来たりするの?]

[私、運転してるんじゃないですか。お金を稼ぐ為にに行ったり来たりしていますよ。忙しく動いてこそ給料をもらえます。お金を稼ぐの大変ですね。]と冗談を言ったら、

[そうやね、その通りですね。ところで、あなた、もしいつか時間があれば、私をちょっと外に連れて行ってくれる? ずっとここに座っているから退屈だわ。]

[そうなんですか?それもそうですね。 どこか行きたいところがありますか?]

[分からない。どこでもいいから外に出たい。買い物に行こうか?]

[あ、そうしましょうか?ちょっと待ってください、とりあえず、責任者に聞いてみます。私は勝手に動けないんだから、加藤さんが買い物に行きたがっていると施設長に話してみます]と話した後、私は施設長にこの状況について報告をした。

そして、[昼食後、午後に暇な時間があるので、その時に一緒に外出した方がいい]という意見を言われた。

加藤さんは、とても軽い認知症で私を含む職員と話を交わすのに大きな問題はないが、老衰による様々な老年症候群の症状により、筋肉減退、様々な合併症と足の腫れなどで自ら歩行が不可能で車椅子に座って生活をする。

まるで空を飛ぶような姿で走るように行ったり来たりする私を見て、本人も外出したいと思うのは当たり前だろう。特に必要な物があるわけでもない。その事実を私ももちろん知っているし、施設の責任者ももちろん知っている。施設利用者の外出しようとする基本的な欲求を理解し、それにともなう解決を探すことだ。

午後、車椅子を置けるリムジンを持ってきた後、車椅子に座っている加藤さんをそのままの姿でリムジンに乗せた。買い物をする場所は施設から車で10分の距離にあるイオンモールショッピングセンターだった。

最初はダイソーに行ってあれこれ見ながら時間を過ごし、加藤さんはとても楽しんでいる姿が見えた。そして30分ぐらい楽しんでから話をした。

[ここは買えるものが何もないね。スーパーに行こう]と加藤さんに言われた。

[へ〜〜?すごく面白がってみたいにしてたのに、そんなことを言うんですか?]と言ったら、

[分かったから、スーパーに連れて行って]と加藤さんに言われて車椅子を押しながら1階のスーパーに行った。

スーパーに着くと、加藤さんから[みかんが好きだからみかんを買う]と言われた。

[みかんは施設にあるんですけど?]と言ったが、加藤さんは聞いたふりもしない。

私の話は半分くらい無視して、みかん入っている650円のビニールのパッケージを見た。

[よし!これを買わないと。あなたも何食べる?私がおごるよ。]と私に言った。

[私は大丈夫です]と答えながら思う考え。

[(心の中で:そういえば、加藤さんのお金は持ってきたかな?と思って) 加藤さん、お金は持ってますよね? ]と私が聞くと。

[多分、あると思うんですけど?あなたが私のかばんを一度確認してみて〜]

[(心の中で:たぶん?) では、かばんの中の財布をちょっと見ますね。 失礼いたします〜]

確認すると,やっぱり〜しまったな、不安な感じはいつも的中する。財布の中に74円しか無かった。

[加藤さん、74円しか無いですよ。信じられない。このお金でみかん買えませんよ]と言ったとたん、加藤さんの表情は急にくらくなった。

[74円でここで何も買えないと思いますよ。]と言ったら、憂鬱そうな表情が見えて、私はこんな雰囲気は良くないと思って改めて話をかけた。

[74円で何が買えるものがあるかも知れないからね。スーパーを一度回ってみましょう。あるかもしれませんよ]

[ゆっくり探してみましょう]と言いながら、私たち二人はイオンのすべての商品の価格をゆっくり確認し始めた。

玉ねぎが1個50円だった。 

[ここになんかあるよ。玉ねぎ1個で50円ですね。これ買いますか?]と言うと、

[私がそれ買って何するの?料理もできないのに、いらん!]と回答が来た。そうしたらもう一回スタートするしかない。 

その次に見つけた商品はお菓子だった。「うまい棒1本で20円!」

[ここにあるある!買えるものある。うまい棒20円です。3つも買えるよ]と私が加藤さんに言ったが、きっと私の声が聞こえたはずだが、簡単に無視して私に質問をした。


[リポビタンディは1個いくら?]

[リポ〜なに?なにそれ?]

私はその時、リポビタンディが何かわからなかった。スーパーの職員に聞くとその「リポビタンディ」が書いているドリンクを探してくれた。

[加藤さん、リポビタンディは1個110円と書いてあるんですけど。]と私が言うと、また落ち込んでしまった。

[加藤さん、今日の買い物は無理そうなので、そのまま帰りましょうか?]と声をかけよう。

[そうしようか?]となんか重い声の返事が返ってきた。

スーパーのレジの隣の出口に向かう途中、アイスクリームが見えた。

[あれはいくら?]と加藤さんに聞かれた。

私はそこにあるもの中で一番安いアイスクリームを探してみたら、85円だった。 あらま、11円足りない。 シンジラレナイ。


[85円ですね]

アイスクリームの陳列台の前でひどく落ち込んでいる加藤さん。
結局、85円のアイスクリームを2つ買って、私が払った。

[今日は私がおごります]と支払いをしてスーパーを出た。

なんだかこの場面、どこかで見たような場面だが、ずいぶん前のある漫画で主人公がバスケットシューズを買いに行く時、100円か500円だけ持って行ったの漫画を見た事ある〜と思いながら、加藤さんの車椅子を押して駐車場に出てきた。

駐車場にあるベンチに私が座り、加藤さんは私の隣で車椅子に座ってアイスクリームをなめた。
すごい大人二人が、小学生の子供たちのようにベンチに座って、アイスクリームをなめていると、なんだか笑いが出た。

10メートル先の「たこ焼き屋さん」が私たちを見て、「たこ焼きはどうですか?」と大声で聞いてきた。

シンジラレナイ〜 駐車場にいる人たちがあなたのせいでみんな私たちを見つめているじゃん。 声かけるな〜! と心の中で言いながら
[大丈夫です!]っと答えた。

ベンチに座ってアイスクリームを食べ終わって施設に戻って来た。すると、フロアーであったスタッフが私たちに挨拶をしに来た。
そのスタッフが[加藤さん!おいしいもの、 たくさん買ってきましたか?]聞いて来た。
[加藤さんの財布に74円しかなくて見物だけして来ました。シンジラレナイ〜]って私が返事をした。加藤さんとその場にいたみんなが一緒に笑った。

その日の3時のおやつは、加藤さんがすごく買いたがっていたみかんとせんべいが出た。
[加藤さん、みかんを買わないでよかったですね。おやつに出たよ]と声をかけると、
[本当にそうだね]と加藤さんは美味しくおやつを召し上がった。

その日の夕方、私が仕事を終わり家に帰る時、加藤さんに

[明日また来ます]と挨拶すると、加藤さんは、
[今日はありがとう]と言った。 

そして私は
[加藤さん、今度は74円持って買い物行ったあかんで~]と答えた。

加藤さんは笑いながら手を振った。

[また明日、加藤さん、おやすみなさい~]

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*送迎 : 利用者のデイサービス利用のために家から施設へ来ることを車で運行すること。